瓜生野 八幡神社 (大クスノキ群) (うりうのはちまんじんじゃ、国指定 天然記念物 クスノキ群、瓜生野八幡のクスノキ群、樹齢800年のクスノキ、旧 郷社、古く(明治4年11月以前)は瓜生野八幡宮)  (宮崎県 宮崎市 大字大瀬町 字平松 5509-1)







<標高、位置>  瓜生野 八幡神社 (うりうのはちまんじんじゃ)は
標高 約30 m
 北緯31度58分46秒  東経131度23分23秒

<標高、位置>  瓜生野 八幡神社に行くための県道26号線の「三叉路(さんさろ)」は
標高 数 m
 北緯31度58分07秒  東経131度23分11秒


 「瓜生野 八幡神社 (うりうのはちまんじんじゃ)」は宮崎県 宮崎市 大瀬町 平松 5509-1にあります。
 「(瓜生野)八幡神社 御由緒(ゆいしょ)」の説明板から、
鎮座地 宮崎市 大字大瀬町5714番地
祭神 足仲彦命・仲哀天皇(タラシナカツヒコ)・誉田別命・応神天皇(ホンダワケノミコト)・息長姫命・神功皇后(オキナガタラシヒメ)
御由緒
人皇45代 聖武天皇御字今より1214年前、天平9年(天平時代は奈良時代の729年〜749年) この地に勧請し奉(たてまつ)りしは当社棟札に明記しあり。 天平9年に始めて御社を創建、今を去ること1020年前、人皇第60代 醍醐天皇の御字 延長年間(平安前期の923年〜931年)に第一次改築を行ない、今を去る729年前、人皇第83代 土御門天皇の御字 元久元年(元久時代は鎌倉前期の1204年〜1206年)に第二次改築が行われ、今を去る363年前 人皇第107代 後陽成天皇 御字 慶長16年(慶長時代は1596年〜1615年)に第3次改築あり、今を去る274年前 御西天皇の御字 寛文8年(寛文時代は江戸前期の1661年〜1673年)第4次改築、今を去る192年前 人皇第116代 桃園天皇の御字 寛延3年(寛延時代は江戸中期の1748年〜1751年)に第5次改築、その後今を去る147年前、人皇第19代 光格天皇の御字 寛政7年(寛政時代は江戸後期の1789年〜1801年)に第6次改築、明治4年11月以前は瓜生野八幡宮と称し奉(たてまつ)り、以後 郷社 八幡神社と改称。
昭和18年3月7日第7次改築竣工(しゅんこう、完成すること。)、境内坪数(つぼすう) 1546坪5合7勺(しゃく)、例祭 11月10日御神幸、天然記念物 第33号で官報告示、名称 瓜生野八幡神社のクスノキ群、指定地域 5714番の内 実測29坪、本数 16本 最大目通り2丈(じょう)7尺(しゃく)3寸(すん)。

 「種別 国指定天然記念物 名称 瓜生野八幡神社のクスノキ群」の説明板から、
指定年月日 昭和26年6月9日
この神社の境内には16本のクスノキが群落をなし、うっそうとして閑寂(かんじゃく)な社相を呈(てい)しています。 単木のクスノキの巨樹については数例の国指定が見られますが、巨樹群をなしているのは貴重です。
このクスノキの中で最も大きいものは本殿の右後方にあるもので、目通り幹囲(みきかこい)約9.6 m、根周り(ねまわり)約16 m、樹高約25 m に達しています。 そのほかは、目通り(めどうり)幹囲7.5 m のもの3本、3 m から5.5 m のもの10本、3 m 以下のもの2本で、最も高いものは30 m を超(こ)えています。
これらのクスノキ群の由来については明らかではありませんが、樹齢が800年と推定されているものもあり、また主幹の内部に大きな空洞を生じているものもあります。
 「みやざきの巨樹百選」の説明板から、
みやざきの巨樹百選(99)、樹木名 クスノキ、樹齢 800年、幹周(みきまわり) 965 cm、樹高 32 m、所有者 神社、平成4年3月認定 宮崎県。
「みやざきの巨樹」、宮崎県は県内の巨樹、古木、群落の分布状況や生育の状態、生育環境の実態を調査して結果を1992年に発表しました。 「巨樹の定義は、幹周(みきまわ)りを基準とする大木や樹齢を基準とする古木の総称として、
(1)地上から高さ1.2 m の幹周りが約3 m 以上で由緒(ゆいしょ)ある樹木。
(2)地上から高さ1.2 m 未満で幹(みき)が分岐するものは、最も大きな幹の地上から高さ1.2 m の幹周りが約2 m 以上で、他の幹周りとの合計が約3 m 以上で、由緒ある樹木。
(3)推定樹齢が100年を経(へ)ているもので、由緒ある樹木または珍しい樹木。

 「瓜生野(うりうの)」の地名は景行天皇がこの地に来た時に、瓜(うり)が多く育っていたことに由来するそうです。 瓜生野には古墳(こふん)が多くあります。


写真A: 県道26号線にある標識です。 県道を奥に進むと国富町、綾町などに行きます。 手前に進むと宮崎神宮、宮崎市の中心部に行きます。 コンビニ (ローソン)の看板(かんばん)も見えます。



写真B: 「瓜生野八幡神社 (うりうのはちまんじんじゃ)、天然記念物クスノキ群」の道路標識があります。



写真C: コンビニ (ローソン)があります。



写真D: 県道26号線に「みわ保育園」の看板が見えます。 奥に「JA宮崎中央北支店」があります。



写真E: 「JA宮崎中央北支店」です。



写真F: 「酒のエース 瓜生野店」が見えます。 北西を見たもの。



写真G: ガソリンスタンドの「新出光グループ」があります。



写真H: ここを北北西への細めの道に曲がって、瓜生野八幡神社に行きます。 左は県道26号線です。 「白坂鮮魚店」の看板が角(かど)にあります。



写真I: ここを先に進んで天然記念物クスノキ群がある「瓜生野八幡神社 (うりうのはちまんじんじゃ)」に行きます。 左の道は県道26号線です。 「白坂鮮魚店」の看板が角(かど)にあります。



写真J: ここの三叉路(さんさろ)を左に行きます。



写真K: 「国指定天然記念物 八幡神社のクスノキ群、社会福祉法人 平松保育園、↑700 m」の看板があります。
「瓜生野(うりうの)」の地名は景行天皇がこの地に来た時に、瓜(うり)が多く育っていたことに由来するそうです。 瓜生野には古墳(こふん)が多くあります。



写真L: この車道を進みます。



写真M: 車道の周(まわ)りの様子(ようす)です。



写真N: 「瓜生野 八幡神社 入口」の標柱(ひょうちゅう、標識棒)」があります。



写真O: 平松保育園が見えてきました。 その上の大きな木は「瓜生野八幡の大クスノキ群の一本」です。 ここは宮崎県 宮崎市 大瀬町 平松です。



写真P: 平松保育園の奥に瓜生野八幡神社の大クスノキ群の1本が見えます。



写真Q: 平松保育園の奥に瓜生野八幡神社があります。



写真R: 宮崎市 大瀬町 平松にある瓜生野八幡神社の大クスノキです。 手前は平松保育園です。



写真S: 瓜生野八幡神社の大クスノキの上部です。



写真T: 「社会福祉法人 平松保育園」と門柱に書いてあります。



写真U: 瓜生野八幡神社の一の鳥居(とりい)のそばにある大クスノキの下部です。 石灯籠(いしどうろう)、5つの石碑(せきひ)があります。 左端のものは保育園のものです。



写真V: 国指定 天然記念物 瓜生野八幡神社のクスノキ群の中の1本です。 右に「国指定天然記念物 八幡神社のクスノキ群」の看板があります。



写真W: 瓜生野八幡神社の大クスノキの中部です。



写真X: 瓜生野八幡神社の大クスノキの上部です。



写真Y: 瓜生野八幡神社の大クスノキの上部。



写真Z: 大クスノキのそばに一の鳥居(とりい)と石段があります。 「八幡神社」の石碑(せきひ)、「国指定天然記念物 八幡神社のクスノキ群」の看板も見えます。



写真AA: 大クスノキの下部、石像、石碑(せきひ)、石灯籠 (いしどうろう)、石段などがあります。
人の大きさと比べて大クスノキの大きさが分かります。



写真AB: こちらにも石灯籠があります。



写真AC: 大クスノキの根元に「石像」が見えます。



写真AD: 大クスノキの根元にある「石像」です。



写真AE: 「寛延(江戸中期の1748年〜1751年)2年12月吉日 奉寄進御寶前」と書いてある石碑(せきひ)があります。



写真AF: 「寛延(江戸中期の1748年〜1751年)2年12月吉日 奉寄進御寶前」と書いてある石碑です。



写真AG: こちらにも石碑があります。



写真AH: 瓜生野八幡神社の一の鳥居(とりい)、「八幡神社」の石碑、「国指定天然記念物 八幡神社のクスノキ群」の看板、石段などがあります。



写真AI: 一の鳥居と鎮守(ちんじゅ)の森です。



写真AJ: 一の鳥居の上部です。



写真AK: 「八幡神社」の石碑の奥に手水舎(ちょうずや)が見えます。



写真AL: 「八幡神社」の石碑です。



写真AM: 「天然記念物 瓜生野八幡神社のクスノキ群、昭和26年6月天然記念物に指定され之を建つ 宮崎市」と書いてある石碑です。



写真AN: 「天然記念物 瓜生野八幡神社のクスノキ群、昭和26年6月天然記念物に指定され之を建つ 宮崎市」と書いてある石碑。



写真AO: 「天然記念物 瓜生野八幡神社のクスノキ群、昭和26年6月天然記念物に指定され之を建つ 宮崎市」と書いてある石碑があります。



写真AP: 「天然記念物 瓜生野八幡神社のクスノキ群、昭和26年6月天然記念物に指定され之を建つ 宮崎市」と書いてある石碑。



写真AQ: 「天然記念物 瓜生野八幡神社のクスノキ群、昭和26年6月天然記念物に指定され之を建つ 宮崎市」と書いてある石碑です。



写真AR: 宮崎市 大瀬町にある瓜生野八幡神社の境内(けいだい)です。 奥に社殿が見えます。 左端のものは手水舎(ちょうずや)です。



写真AS: 拝殿の正面にある大クスノキも見えます。



写真AT: 一の鳥居と大クスノキです。



写真AU: 一の鳥居と瓜生野八幡神社の大クスノキです。



写真AV: 一の鳥居から南の方を見下ろしたもの。 保育園の滑(すべ)り台、車道も見えます。 右は大クスノキです。



写真AW: 境内(けいだい)から見た一の鳥居のそばにある大クスノキの下部です。



写真AX: 境内(けいだい)から見た一の鳥居のそばにある大クスノキの中部です。



写真AY: 境内(けいだい)から見た一の鳥居のそばにある大クスノキの上部。



写真AZ: 大クスノキの根元付近です。



写真BA: 車が見えます。



写真BB: 右は手水舎(ちょうずや)です。



写真BC: 宮崎市 大瀬町にある瓜生野八幡神社の手水舎(ちょうずや)です。
御手洗(みたらい)は大正9年11月10日に作られました。



写真BD: 右端は大クスノキ、社殿、説明板、手水舎が見えます。



写真BE: 説明板、手水舎(ちょうずや)、車も見えます。
御手洗(みたらい)は大正9年11月10日に作られました。



写真BF: 大クスノキの中部です。



写真BG: 大クスノキの上部です。



写真BH: 大クスノキの上部。



写真BI: 瓜生野八幡神社の境内(けいだい)です。 左の木には空洞(洞穴(ほらあな))が見えます。



写真BJ: 瓜生野八幡神社です。 杉の木もあります。



写真BK: 東を見たもの。 杉の木もある境内です。



写真BL: 奥にも大クスノキがあります。 石のベンチ、石造物、天然記念物の石碑も見えます。 南東を見た景色です。



写真BM: これも瓜生野八幡神社のクスノキ群の中の1本です。 左は杉の木です。



写真BN: 大クスノキの中部です。



写真BO: 大クスノキの上部です。



写真BP: 大クスノキの上部。



写真BQ: 東の方に広場、車庫、車などが見えます。



写真BR: 二の鳥居(とりい)、狛犬(コマイヌ)、石段、拝殿、石灯籠、大クスノキなどが見えます。



写真BS: 大クスノキのそばに説明板あります。 右奥に建物が見えます。 左はコマ犬です。



写真BT: 二の鳥居のそばにも大クスノキがあります。



写真BU: 末社(薬祖神)があります。 東を見たもの。



写真BV: 「みやざきの巨樹百選(99)、樹木名 クスノキ、樹齢 800年、幹周(みきまわり) 965 cm、樹高 32 m、所有者 神社、平成4年3月認定 宮崎県」と書いてある看板があります。
「みやざきの巨樹」、宮崎県は県内の巨樹、古木、群落の分布状況や生育の状態、生育環境の実態を調査して結果を1992年に発表しました。 「巨樹の定義は、幹周(みきまわ)りを基準とする大木や樹齢を基準とする古木の総称として、
(1)地上から高さ1.2 m の幹周りが約3 m 以上で由緒(ゆいしょ)ある樹木。
(2)地上から高さ1.2 m 未満で幹(みき)が分岐するものは、最も大きな幹の地上から高さ1.2 m の幹周りが約2 m 以上で、他の幹周りとの合計が約3 m 以上で、由緒ある樹木。
(3)推定樹齢が100年を経(へ)ているもので、由緒ある樹木または珍しい樹木。



写真BW: 大クスノキの根元とコマイヌです。



写真BX: 大クスノキの根元です。



写真BY: 大クスノキの根元、説明板、奥に建物(霊社)が見えます。



写真BZ: 大クスノキの根元です。



写真CA: 大クスノキの中部です。



写真CB: 大クスノキの上部です。



写真CC: 大クスノキの上部。



写真CD: 瓜生野八幡神社の狛犬(こまいぬ)です。



写真CE: 瓜生野八幡神社の石灯籠(いしどうろう)と狛犬(コマイヌ)です。



写真CF: 一の鳥居、手水舎(ちょうずや)、車、手前の杉の木、奥に大クスノキなどが見えます。



写真CG: 宮崎市 大瀬町にある瓜生野八幡神社の手水舎(ちょうずや)です。
御手洗(みたらい)は大正9年11月10日に作られました。



写真CH: 八幡神社の御手洗(みたらい)です。 「奉献」と彫(ほ)ってあります。
大正9年11月10日に作られました。



写真CI: 「種別 国指定天然記念物 名称 瓜生野八幡神社のクスノキ群」の説明板があります。
指定年月日 昭和26年6月9日
 この神社の境内には16本のクスノキが群落をなし、うっそうとして閑寂(かんじゃく)な社相を呈(てい)しています。 単木のクスノキの巨樹については数例の国指定が見られますが、巨樹群をなしているのは貴重です。
 このクスノキの中で最も大きいものは本殿の右後方にあるもので、目通り幹囲(みきかこい)約9.6 m、根周り(ねまわり)約16 m、樹高約25 m に達しています。 そのほかは、目通り(めどうり)幹囲7.5 m のもの3本、3 m から5.5 m のもの10本、3 m 以下のもの2本で、最も高いものは30 m を超(こ)えています。
 これらのクスノキ群の由来については明らかではありませんが、樹齢が800年と推定されているものもあり、また主幹の内部に大きな空洞を生じているものもあります。
宮崎市 教育委員会
と書かれています。



写真CJ: 「境内禁煙」と書いてあります。 右は空洞を生じているクスノキです。



写真CK: 空洞を生じているクスノキ、石灯籠(いしどうろう)、コマイヌ、石段などが見えます。 瓜生野八幡神社の境内(けいだい)です。



写真CL: 「大クスノキの実」が地面に落ちていました。



写真CM: 「大クスノキの実」です。



写真CN: 二の鳥居(とりい)と拝殿(日の丸の旗が掲(かか)げてあります。)、石灯籠、左に末社が見えます。



写真CO: 宮崎県 宮崎市 大瀬町 平松にある瓜生野八幡神社 (うりうのはちまんじんじゃ)です。



写真CP: 拝殿の上方の様子(ようす)が分かります。



写真CQ: 拝殿の右(東)側の様子が分かります。



写真CR: 拝殿の右上方の様子です。



写真CS: 境内の上方の様子です。



写真CT: 境内に建物(霊社)が見えます。 東を見たもの。



写真CU: 東を見たもの。 上方は木が茂(しげ)っています。



写真CV: 上方を見上げたものです。



写真CW: 瓜生野八幡神社の拝殿と左に末社が見えます。



写真CX: 左に建物(神主さんの家)が見えます。



写真CY: しめ縄がしてある建物(神主さんの家)が見えます。 西を見たもの。 手前に国旗掲揚台(こっきけいようだい)のポールが見えます。



写真CZ: 手水舎(ちょうずや)が見えます。



写真DA: コマイヌ、大クスノキ、手水舎(ちょうずや)が見えます。 左端は二の鳥居(とりい)です。



写真DB: 南を見たもの。 2つのコマイヌ、 石のベンチ、右端に二の鳥居などが見えます。



写真DC: 「瓜生野 八幡神社」と書いてある額(がく)が拝殿の入り口にあります。



写真DD: 八幡神社の「巴(ともえ)の社紋(しゃもん)」がお賽銭箱(さいせんばこ)に書いてあります。 右手前は鈴の紐(ひも)です。



写真DE: 瓜生野八幡神社の拝殿です。 上に額(がく)、しめ縄、鈴、鈴のヒモ、お賽銭箱(さいせんばこ)、国旗などが見えます。



写真DF: 鈴のヒモとお賽銭箱(さいせんばこ)です。



写真DG: 天井(てんじょう)に鈴、電灯があります。



写真DH: 拝殿です。 石灯籠も見えます。 西を見たもの。



写真DI: 拝殿です。 東を見たもの。 石灯籠もあります。 左端は鈴のヒモです。



写真DJ: 右から瓜生野八幡神社の本殿、拝殿です。 左端に説明板があります。



写真DK: 宮崎市 大瀬町にある瓜生野八幡神社の拝殿を東から見たものです。 下に説明板が見えます。



写真DL: 瓜生野八幡神社の境内(けいだい)です。 左に二の鳥居があります。 南西を見たもの。



写真DM: 瓜生野八幡神社の拝殿を側面(東側)から見たものです。 右端は本殿です。



写真DN: 境内(けいだい)に柵(さく)があります。 「境内禁煙」と書いてあります。 本殿(右)と拝殿です。



写真DO: 右に大きな楠(くすのき)があります。 この本殿の右後(うし)ろにあるクスノキが境内で一番大きなものです。



写真DP: 瓜生野八幡神社の中で一番大きな楠(くすのき)です。 本殿の右後ろにあります。



写真DQ: 中央が一番大きなクスノキの上部です。



写真DR: 中央が一番大きなクスノキの上部。



写真DS: 瓜生野八幡神社で一番大きな楠(くすのき)の下部です。



写真DT: 瓜生野八幡神社で一番大きな楠(くすのき)の中部です。



写真DU: 瓜生野八幡神社で一番大きな楠(くすのき)の上部です。



写真DV: 瓜生野八幡神社で一番大きな楠(くすのき)の上部です。



写真DW: 瓜生野八幡神社で一番大きな楠(くすのき)の上部。



写真DX: 拝殿の側面に「楠(くすのき)千年 更(さら)に今年の 若葉なり」の看板(かんばん)があります。



写真DY: 拝殿の側面にある扉(とびら)、石段です。



写真DZ: 拝殿、本殿の東側です。 草が茂(しげ)っています。



写真EA: 瓜生野八幡神社の境内(けいだい)です。



写真EB: 瓜生野八幡神社の境内。



写真EC: 大きな葉の野草もあります。



写真ED: 「(瓜生野)八幡神社 御由緒(ゆいしょ)」の説明板があります。
鎮座地 宮崎市 大字大瀬町5714番地
祭神 足仲彦命・仲哀天皇(タラシナカツヒコ)・誉田別命・応神天皇(ホンダワケノミコト)・息長姫命・神功皇后(オキナガタラシヒメ)
御由緒
人皇45代 聖武天皇御字今より1214年前、天平9年(天平時代は奈良時代の729年〜749年) この地に勧請し奉(たてまつ)りしは当社棟札に明記しあり。 天平9年に始めて御社を創建、今を去ること1020年前、人皇第60代 醍醐天皇の御字 延長年間(平安前期の923年〜931年)に第一次改築を行ない、今を去る729年前、人皇第83代 土御門天皇の御字 元久元年(元久時代は鎌倉前期の1204年〜1206年)に第二次改築が行われ、今を去る363年前 人皇第107代 後陽成天皇 御字 慶長16年(慶長時代は1596年〜1615年)に第3次改築あり、今を去る274年前 御西天皇の御字 寛文8年(寛文時代は江戸前期の1661年〜1673年)第4次改築、今を去る192年前 人皇第116代 桃園天皇の御字 寛延3年(寛延時代は江戸中期の1748年〜1751年)に第5次改築、その後今を去る147年前、人皇第19代 光格天皇の御字 寛政7年(寛政時代は江戸後期の1789年〜1801年)に第6次改築、明治4年11月以前は瓜生野八幡宮と称し奉(たてまつ)り、以後 郷社 八幡神社と改称。
昭和18年3月7日第7次改築竣工(しゅんこう、完成すること。)、境内坪数(つぼすう) 1546坪5合7勺(しゃく)、例祭 11月10日御神幸、天然記念物 第33号で官報告示、名称 瓜生野八幡神社のクスノキ群、指定地域 5714番の内 実測29坪、本数 16本 最大目通り2丈(じょう)7尺(しゃく)3寸(すん)。
と書かれています。



写真EE: 「(瓜生野)八幡神社 御由緒(ゆいしょ)」の説明板があります。
鎮座地 宮崎市 大字大瀬町5714番地
祭神 足仲彦命・仲哀天皇(タラシナカツヒコ)・誉田別命・応神天皇(ホンダワケノミコト)・息長姫命・神功皇后(オキナガタラシヒメ)
御由緒
人皇45代 聖武天皇御字今より1214年前、天平9年(天平時代は奈良時代の729年〜749年) この地に勧請し奉(たてまつ)りしは当社棟札に明記しあり。 天平9年に始めて御社を創建、今を去ること1020年前、人皇第60代 醍醐天皇の御字 延長年間(平安前期の923年〜931年)に第一次改築を行ない、今を去る729年前、人皇第83代 土御門天皇の御字 元久元年(元久時代は鎌倉前期の1204年〜1206年)に第二次改築が行われ、今を去る363年前 人皇第107代 後陽成天皇 御字 慶長16年(慶長時代は1596年〜1615年)に第3次改築あり、今を去る274年前 御西天皇の御字 寛文8年(寛文時代は江戸前期の1661年〜1673年)第4次改築、今を去る192年前 人皇第116代 桃園天皇の御字 寛延3年(寛延時代は江戸中期の1748年〜1751年)に第5次改築、その後今を去る147年前、人皇第19代 光格天皇の御字 寛政7年(寛政時代は江戸後期の1789年〜1801年)に第6次改築、明治4年11月以前は瓜生野八幡宮と称し奉(たてまつ)り、以後 郷社 八幡神社と改称。
昭和18年3月7日第7次改築竣工(しゅんこう、完成すること。)、境内坪数(つぼすう) 1546坪5合7勺(しゃく)、例祭 11月10日御神幸、天然記念物 第33号で官報告示、名称 瓜生野八幡神社のクスノキ群、指定地域 5714番の内 実測29坪、本数 16本 最大目通り2丈(じょう)7尺(しゃく)3寸(すん)。
と書かれています。



写真EF: 「(瓜生野)八幡神社 御由緒(ゆいしょ)」の説明板があります。
鎮座地 宮崎市 大字大瀬町5714番地
祭神 足仲彦命・仲哀天皇(タラシナカツヒコ)・誉田別命・応神天皇(ホンダワケノミコト)・息長姫命・神功皇后(オキナガタラシヒメ)
御由緒
人皇45代 聖武天皇御字今より1214年前、天平9年(天平時代は奈良時代の729年〜749年) この地に勧請し奉(たてまつ)りしは当社棟札に明記しあり。 天平9年に始めて御社を創建、今を去ること1020年前、人皇第60代 醍醐天皇の御字 延長年間(平安前期の923年〜931年)に第一次改築を行ない、今を去る729年前、人皇第83代 土御門天皇の御字 元久元年(元久時代は鎌倉前期の1204年〜1206年)に第二次改築が行われ、今を去る363年前 人皇第107代 後陽成天皇 御字 慶長16年(慶長時代は1596年〜1615年)に第3次改築あり、今を去る274年前 御西天皇の御字 寛文8年(寛文時代は江戸前期の1661年〜1673年)第4次改築、今を去る192年前 人皇第116代 桃園天皇の御字 寛延3年(寛延時代は江戸中期の1748年〜1751年)に第5次改築、その後今を去る147年前、人皇第19代 光格天皇の御字 寛政7年(寛政時代は江戸後期の1789年〜1801年)に第6次改築、明治4年11月以前は瓜生野八幡宮と称し奉(たてまつ)り、以後 郷社 八幡神社と改称。
昭和18年3月7日第7次改築竣工(しゅんこう、完成すること。)、境内坪数(つぼすう) 1546坪5合7勺(しゃく)、例祭 11月10日御神幸、天然記念物 第33号で官報告示、名称 瓜生野八幡神社のクスノキ群、指定地域 5714番の内 実測29坪、本数 16本 最大目通り2丈(じょう)7尺(しゃく)3寸(すん)。
と書かれています。



写真EG: 瓜生野八幡神社の境内(けいだい)です。 左に大きなクスノキ、二の鳥居も見えます。



写真EH: 瓜生野八幡神社の境内。



写真EI: 大きなクスノキです。



写真EJ: 大きな楠(クスノキ)の上部です。



写真EK: 大きな楠(クスノキ)の上部。



写真EL: 境内にある建物(霊社)です。 南東を見たもの。



写真EM: 拝殿の北西を見たものです。 大きなクスノキ、末社、石灯籠(いしどうろう)も見えます。



写真EN: 大きなクスノキの上部です。



写真EO: 大きなクスノキの上部。



写真EP: 西を見たもの。 しめ縄のある建物(神主さんの家)です。



写真EQ: 南西を見たもの。 国旗掲揚台(こっきけいようだい)のポール、手水舎(ちょうずや)も見えます。



写真ER: 左から二の鳥居、大きな楠(くすのき)、手水舎(ちょうずや)などが見えます。



写真ES: 大きな楠と二の鳥居、狛犬(こまいぬ)があります。 南東を見たもの。



写真ET: 東を見たもの。 境内の建物(霊社)、石灯籠(いしどうろう)もあります。



写真EU: 宮崎市 大瀬町にある瓜生野八幡神社の拝殿です。



写真EV: 瓜生野八幡神社の拝殿です。



写真EW: 拝殿の左の方です。



写真EX: 拝殿の奥に大きな楠(くすのき)があります。



写真EY: 拝殿の左側面です。



写真EZ: 拝殿の近くです。



写真FA: 拝殿の前の様子(ようす)です。



写真FB: 拝殿を西から見たものです。 格子(こうし)の奥に丸い太鼓(たいこ)が見えます。



写真FC: 拝殿の西側面です。 左端は本殿です。



写真FD: 中央は瓜生野八幡神社の本殿です。 右は拝殿、左は末社(稲荷社)です。



写真FE: 瓜生野八幡神社の末社(稲荷社)です。 左に大きなクスノキが見えます。



写真FF: 本殿の西にある大クスノキが2本見えます。 右は末社(稲荷社)です。



写真FG: 本殿の西にある大楠(くすのき)も見えます。



写真FH: 大クスノキの中部です。



写真FI: 大クスノキの上部です。



写真FJ: 二の鳥居、手水舎(ちょうずや)、大クスノキなどが見えます。



写真FK: 南を見たもの。 国旗掲揚台(こっきけいようだい)のポールも見えます。



写真FL: 手水舎(ちょうずや)、国旗掲揚台のポールなどが見えます。



写真FM: 拝殿の正面にある格子(こうし)とガラスです。 中に神輿(みこし)が置いてありました。



写真FN: 榊(さかき)の木の枝に御神籤(おみくじ)が縛(しば)り付けてあります。



写真FO: 一段低い境内(けいだい)を見下ろしたものです。



写真FP: 一の鳥居(とりい)のそばに戻(もど)って来ました。



写真FQ: 瓜生野八幡神社の一の鳥居から南を見た景色です。



写真FR: はじめに来た車道です。 南を見たもの。



写真FS: 奥の右が瓜生野八幡神社です。 北を見たもの。



写真FT: 瓜生野八幡神社(うりうのはちまんじんじゃ)の大クスの木が上空を覆(おお)っています。



写真FU: 大楠(くすのき)が上空を覆(おお)っています。



写真FV: こちら(西)からも瓜生野八幡神社に行くことができます。



写真FW: 瓜生野八幡神社 (うりうのはちまんじんじゃ)の近くです。



by 南陽彰悟 (NANYO Shogo)